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2010年11月17日 (水)

最後の晩餐

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「最後の晩餐」

最後の晩餐は何を食べたい?
なんてTVや仲間内でこんな話題が時々出たりしますが、
実際には何が食べたいですか?

だいたいが軽い気持ちで話したりするわけですけど、
現実的に真剣に考えてみると、
「うーん、病気で何も口に入らないかもしれないし…」
とか、
「最後だって分かってたら、恐くて何も口に入らないかも」
とか、意外と暗い方へ予測がいきがち!?(は私だけですか?)

私だったら、と多少マジメに考えると、
実はやっぱり、もう何もいらない心境になっていたいなぁと。
澄んだ水ぐらいはもらいたかもしれないですが、
できれば食べ物への執着は捨てた状態でいたい。。。

「胃ろう(胃瘻)」、という言葉をご存じでしょうか。
お年寄りや、病気の方が傍にいると、
そんな言葉も耳にしたことがあるかもしれませんが、
普段自分も周囲も元気に過ごしていれば、
縁のない言葉だったりします。

病気や、嚥下(飲み込む能力)に障害があると、
口以外から栄養をとる医療が施されることがありますが、
その中で胃に小さな穴を開け、
直接栄養を流し込む方法があります。
それを「胃ろう」といいますが、これは
点滴で栄養を送るより、吸収率がよく、生命を維持しやすいそうです。
実際、病気で口から食べ物を摂取できなくなった人たちにとっては、
どれだけ恩恵があるか知れません。

その一方で、お年寄りで老衰で、
食べられなくなった人にそれを施し、自然死ができなくなる、
という現代社会の問題も起きています。
だから元気なうちに、「意識とかなくなったら、胃ろうはやめてね」
という書面を前もって出しておく人もいます。

が、胃ろうになる手前の段階でも、現実では、
老人ホームなどでは、自身の力で食べられなくなったお年寄りに、
介護士さんたちは、固形物をミキサーでどろどろにし、
口を開けて嫌がっても無理やり流し込む、という作業をしたりします。
(介護士さんたちのせいではありません、念のため。
それが今のところ介護士さんの仕事として、「やるべき」ことなのです)
つまり、食べなくなるほど衰弱したからと言って、
なかなか自然に死なせてはくれないわけですね。

と、あれ?あまり人が直視したくない話題に突入したかもしれませんが、
歯で噛み砕いて、舌で味わって、食べ物を飲み込むという行為。
これは生きている感そのもののような気がいたします。

ひとつひとつの食事が自分の人生の未来につながっており、
最後まで自分が食事を選べる生き方とは?
など、あまり望ましくない最後の晩餐があると知れば、
日々の食事との向き合い方もまた変わるのでは、と思うのです。

仕事や生き方を考えるのも将来なら、
老いを考えるのもまた将来なのですよね。

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※コラムは、あくまで個人の視点で書かれたものです。
体に異常を感じている場合は、専門家にご相談ください。
※上の文章の、無断転載を一切禁止いたします。

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